近道をしたつもりが道に迷ってしまったようである。勘にまかせて選んだのはポスト通りという名の旧倉庫街であった。

古いガラージが立ち並ぶ通りを急いでいると突然ショーウインドウらしきものが現れる。他には店など1軒もない通りだけに不思議な存在感を醸し出している。待ち合わせの時間に遅れそうだというのについ引き寄せられる様に足をとめて中を覗いてしまう。

ウィンドウには大小の古い薬瓶が並んでいてヨーロッパにあるエルボリスト(薬草店)を思わせる店構えであるが、ギャラリーのようでもある。私の姿に気づいて女性が奥から現れ扉を開けてくれた。黒のカフタンにバーニッシュドゴールドのおおぶりなネックレス。どこかグールーのような風格がある。

開いたばかりのショップで彼女が作る化粧品を売っているのだという。レンガ壁に沿うように置かれた骨董のガラスケースの中に陳列されたさまざまな容器を指差して、世界中から入手困難な珍種の薬草や果実のエキスを集め配合して作ったものだと説明してくれた。とりあえず相手の気分を害さない程度にふんふんと聞いていたが、実は私はこうした「自然のパワー」の類は苦手である。長年最先端と呼ばれる高機能化粧品を狂信的に崇拝し続けてきた私にとって自然化粧品などというものは気休め以外のなにものでもない。頂き物の自然派ブランドなども試してみたことはあるが、可もなく不可もなく。ようするに私の美欲を満たすには物足らないのである。

ただ手ぶらで店を出るのも気がひけたので、とりあえずクレンザーを買って帰ることにした。包んでもらっていると外に一台のリムジンが止まった。中から大ぶりのサングラスをかけた女性が顔を隠すように店に入ってくる。ヴィンテージのサンローランのスーツを見事に着こなしている。
よく見るとサングラスで目元は隠れているとはいえ明らかに美容レーザー治療を受けたばかりとわかるヤケドを負ったような真っ赤な顔をしていた。

彼女は陳列棚に歩み寄り迷うことなく琥珀色のジャーを握り締め「これを」とブラックカードとともに手渡し支払いをすませてそそくさと出て行った。私の興味を察してか、今出て行った彼女のような女性達にカルト的に支持されているバームなのだとオーナーの女性が教えてくれた。

ゲッティ一族をはじめとしたアメリカ有数の名家のニュージェネレーションが社交界を築いていることで知られるこの町のレディーたちがニーマンマーカスで売られている、かの高級化粧品ではなく殺風景な通りにあるこの店の手作りのバームの虜になっているとはちょっとした驚きだった。なんだか気になったので騙されたつもりでこのバームも買うことにした。

時計を見ると待ち合わせの時間を20分もすぎている。慌ててタクシーを拾いレストランに向かった。精神的にも肉体的にも焦燥しきってホテルの部屋に戻ったときには午前1時をまわっていた。

そのままベッドに倒れこみ眠りに落ちそうになったとき、ふとさきほど買った化粧品の包み紙がかすんだ目に映った。疲れと眠気で気が急いて包み紙をびりびりと破って取り出したのはクレンザー。夢遊病者のようにバスルームに向かう。ポンプ式のボトルを2,3度押して手のひらに出してみるとクリームともミルクともいえないとろりとしたテクスチャー。早く肌にのせてみたいと思った。顔全体に広げながらゆっくりとマッサージしてみる。滑らかにすべりながら毛穴やキメに吸い込まれるように入り込んでいく。愛撫のようにそのままいつまでもマッサージを続けていたい。そしてすっとたちこめるこのなんともいえぬ豊かな香り。月下香にも似ている。それにしてもなんだろうこの高揚感は。世に言う癒しという感覚とは明らかに違っている。生気が湧き上がってくるようなオーガズムにも似た快感が押し寄せたかと思うと愛し合った後のような穏やかな心地よさに包まれはじめる。

ふと我にかえりあわてて洗い流しタオルで軽くおさえてから頬に軽くふれてみる。まさか、そんなはずが。そして鏡をのぞく。不純物が抜けた肌特有の透き通るような光。これまでの自分の信じてきたものを一瞬にして崩されたような敗北感にも似た気分がうれしさと混じりあう。純度の高いエネルギーを一気に注ぎこまれたようなこの感覚は一体。

そして終始無表情であった店主の女性が包みを手渡しながら一瞬うかべた自信に満ちた謎めいた微笑みを思い出す。

Short Story Ⅱ
Short Story Ⅲ
Short Story Ⅳ

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