友人のGから電話があった。あさってから撮影でイースター島に行くのだがどうしても出発までに欲しいものがあると。「あの美容液を切らしちゃったの。明日のショー来るでしょ。終わった後にバックステージに持ってきてもらえると助かる!」とだけ残して切れていた。
第一線のメイクアップアーティストとして世界中を駆け回るGはこのコンプレクスドフリュールという美容液をお守りのように常備している。「これが噂になってる魔力ってやつ?ゴールデングローブ賞でもアカデミー賞でもあれを使ってからメイクしてあげた女優はなぜかみんな受賞しちゃうのよね。」なのだそうである。嵐のようなニューヨークコレクションが終わった翌日、肌を休める暇もないまま南太平洋の島に出発する彼女のために美容液とともにサンフランシスコから届いたばかりのヴィタールも持たせてあげることにした。 Gはこの秘密兵器のことはまだ知らない。
ヴィタールとはさまざまな植物の抽出液が盛り込まれた煎じ薬のようなものである。そのなかでも特にパワーを秘めているのが新鮮な花から採れたエキスらしい。花は生殖器である。だからこそ生み出すことにかけてのエネルギーはすさまじいものがある。花のエネルギーを壊さぬように注意深く抽出配合したこのヴィタールをスプレイすると、滑車が突然まわりはじめたかように肌が目覚めるような感覚を覚えるのもうなずける。仕上がりはさっぱりしているから俗に言う化粧水に求めるような気休めの潤い感を期待して使うとがっかりするかもしれない。そもそも化粧水というもの自体なんとも勿体無い存在である。水が9割以上も閉める液体をせっせと与えてもその大半は蒸発して消えてしまう運命にある。無理に与えた水分で一時的にふやけて柔らかくなった状態を潤いと誤解してはいけない。肌の水分とは内側に貯蔵されているものであり外から与えるには限界がある。そこでヴィタールは潤いやエネルギーを内側から湧き上がらせる。ブルガリアンローズ、マシュマロールート、フーカスヴェシキュローサス海草エキスなど14種もの成分が肌に染み渡るとともにめまぐるしく働きはじめる。水の代わりに植物のジュースを使用しているのでボトルまるごと価値ある成分と言っても過言ではない。それ自体の効果はさることながら実は共に使うものや直後に使うものの栄養をよりとりこみやすい状態にプレップするという隠れ技も持っている。ヴィタールを加えるとバームやオイルが魔法のようにするりとその姿を変えてまるごと肌に飲み込まれていくのを感じるが、肌が生き物であるという当たり前のことを実感する瞬間でもある。そこに1滴たりとも不安な成分が入っていれば、この様な喜びは満喫できないであろう。 そして贅沢と無駄は似て非なるもの。その100%がエネルギーをたっぷり蓄えた摘みたての花や植物のジュースから作られた液体で肌の疲れを癒してやることは極上の贅沢ではあっても無駄ではないはずである。
イースター島にいるGのブラックベリーからメールが届いていた。
「あれ一体何が入ってるの?炎天下で酷使された肌が息を吹き返すって言うのかしら。とても不思議な感じ。撮影でSに使ったら取られちゃって返してくれないの。来週彼女が主演した映画のプレミアがあるからって。ねぇ10本ぐらい欲しい!そうだ、日曜の朝に戻るから西4丁目のサンタンブロワーズでブランチどう? お天気がよかったらテラスにしましょ。もしかしたらまた、ジェイクが来てるかもしれないわね。」
Short Story Ⅰ
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Short Story Ⅳ