馴染みのレストランが閉店した。零時を過ぎると男娼や麻薬の売人がたむろする物騒な街外れにぽつんとたたずんでいた終日営業のレストランは影の中の一点の灯りであった。まるでブラッサイの写真から切り取ったかのような風景。ニューヨークにクリエイティビティーが息づいていた頃アーティスト達が鴨のパテと山羊のチーズのサラダをつまみに朝まで語り合った店。今やこの一帯は大手ブランドのブディックが立ち並ぶ屋外モールと化し、この店はいつしか灯りの中の影となった。この地域に押し寄せる大衆の嗜好に追随すれば続けていけないこともないが、本物たちに愛され続けたこの店の魂にこだわることはできなくなる。誇りを捨ててまで続けたくないと閉店を決めた。インテグリティーとはなにかをあらためて考えさせられたできごとである。

そんな折り、サンフランシスコのジュリーからパッケージが届いた。
黒い箱を開けると金色の薄紙に包まれた2つの容器が並んでいる。そういえば新しいフェイスクリームを作っていると聞いていたがこれがそうなのであろうか。添えられた手紙を読むと赤い容器のクリームを顔半分、白い容器のクリームを残りの半分に使ってほしいと書いてある。手紙はただそれだけであとは何の説明もない。赤い容器のクリームはクレムブリュレのような甘いクチナシ色。中世イタリアのネロラ后妃が愛したことが語源になったというネロリの香りがする。肌につけると磁力を持つかのようにすっとからみついた。細胞のひとつひとつがクリームに抱きすくめられた感覚とでもいえばよいだろか。肌に合うのではなく肌が合うという表現が似合う。まるで肌とクリームが互いに手を差しのべしっかりと抱き合いながら静かに踊りだすような。ロンドンで知り合ったニコラスがビーチ沿いに小さなホテルをオープンしたと聞いて訪れたチュルムでの甘く苦い思い出が脳裏をよぎる。トルコ石色の海に跳ね返す8月の光を浴びながらはしゃぎすぎてしまったそのツケが無情にもくっきりと姿をあらわした肌に灯りが差し、潤いが波のようにおしよせてくる。心とともにあれほど傷ついていた肌があれよあれよという間に活力を取り戻していくではないか。鏡に映った自分の顔の輪郭をつい指でなぞってしまう。一方の白いクリームはといえば、肌の上に死骸のごとくねっとりと乗ったまま。肌が拒絶しているのだろうか。
気が急いて翌朝ジュリーに電話をかけた、赤い容器のクリームと白い容器のクリームは何が違うのかと。「有効成分として入っているものはどちらも同じ。」いつもの抑揚のない調子で返ってきたその答えに唖然としていると「ただ正確に言うと作ったラボが違うの。白いほうは大手のラボに作らせてみたから同じ成分といっても原料は大量生産のものだし。当然防腐剤も加え、ずいぶん精製もされているでしょうね。簡単にいってしまえば赤いのは生きているクリームで白いのは死んでいるクリーム。赤いほうはすぐに馴染んだでしょ。肌は生きているものとは合い入れるようにできているから。何故わざわざ2種類作ったかって?あなたみたいな理論的な人はこんな確証でもないと納得しないかと思って。」ふてぶてしいほどの彼女の自信に反感すら覚えたが、事実2つのクリームのその歴然とした差を体験している私はただうなずくだけだった。

考えてみれば肌になんらかのポジティブな変化をもたらすことができなければ化粧品を使う意味などない。 だからこそ彼女は肌に良い材料のみをふんだんに使っただけ。1滴たりとも無駄なものは入れず、全32成分が有効成分なのだという。これが効かぬはずはない。あたりまえのことをサプライズと感じてしまうとは皮肉なものである。スコットランド製のカシミア100%のセーターと中国製のカシミア20%のセーターのどちらを選ぶのか?そんなきわめて単純な答えに皆が迷っている。自らの肌の手触りに酔いながらパラパラと雑誌をめくっていると最新テクノロジーを駆使することで知られた有名化粧品ブランドの新製品広告を目にした。パラベンフリーと自然成分が売りらしい。
なんとなくではあるものの時代がやっと追いついてきたのだろうか。


Short Story Ⅰ
Short Story Ⅱ
Short Story Ⅳ

ご購入の案内はこちら | プライバシーポリシー | 特定商取引法に基づく表記 | 採用情報
Copyright (c) 2007-2010 MAXIMA INC. All Rights Reserved.